この秋も始りました正倉院展は数えて60回目になるそうです。
今回でやっと3回目の新参者ですがこれでも少しは要領を得てなるべくは賢く回りたいと名古屋8:10発 賢島行の近鉄特急で伊勢中川へ向かいます。
1967年、近鉄特急ビスタカ−に次いで登場した12000系はスナックカ−の愛称で登場しその後改良型12200系が量産されました。車内は一見ア−バンライナ−のようですが改装に改装を重ねています。

今日の車両は12152で12200系の4編成 ←賢島 12252-12152-12052-12352 名古屋→ の前に4両つないで8両編成です。車内はほぼ満席この中の半分程が京都大阪方面乗り換えの伊勢中川でげしゃします。


愛称通り「スナックカ−」ですのでデビュ−当時は車内販売や軽食のサ−ビスまで行っていたとかその名残でしょうか?デッキに棚がありました。

9:10伊勢中川到着、するとスグに大阪線京都、難波行が入線します。とても連絡がスム−ズです!

伊賀神戸 ここで伊賀鉄道は乗り換えです。終点は上野町の唄にもなった伊賀上野です。

名張到着、この編成は前4両が京都行後4両が大阪か難波行で途中の大和八木で分割されます。
目的の西大寺までは京都行に乗ります。12453は12400系、12200系の後継車として走っている愛称「サニ−カ−」です。←伊勢中川 Tcク12503-Mモ12453-Tサ12553-Mcモ12403 西大寺、京都→


大和八木で分割の為しばらく停車します。大和八木は友人のU夫妻の住まいがある最寄りの駅です。帰りにお邪魔しますね!(^^V

大和八木を出ると大きく右にカ−ブをし橿原線を京都方面へ進みます。大阪線の電車が左に見えます。

所々に古墳があります。

薬師寺の西の京、大和郡山を抜けると大和西大寺に到着します。

10:36 区間快速奈良行 8121に乗り、ここから奈良は2駅です。

10:41 ようやく奈良に到着です。

近鉄奈良駅は地下にありますが連休とあって改札はもの凄い混雑!ここで正倉院展のチケットを買い求め国立博物館へと歩いて行きます。

いや〜地上に出るとこれまたすごい人の波です。外人さんもビックリ!( ゚Д゚)ウヒョー


奈良駅から東大寺に至るこの道を歩くのがとても好きです。何の変哲のない道ですが「あ〜奈良に来た」そう実感する道です。時期には少し早いのですが木々は所々紅葉しています。

国立博物館が見えてきました!これまたもの凄い人の列です!ド━(゚Д゚)━ ン !!!

ここで60分待ち…少し進むと60回正倉院展の目録が売っていました。去年は入館前に手に入らずに困りましたが今回はしっかりと買い求めます。
今回の正倉院展は工芸の優品、佩飾品(はいしょくひん)、天蓋関連が中心に展示されています。
やはり目を引いたのは「白瑠璃碗」です。それほど大きなものではありませんがガラス製の切子のお椀のことです。このお碗は5〜6世紀にイラン北部の地域で作られたものとされはるばるシルクロ−ドを超えこの地に来たもので展示物に光を当てこの反射する輝きが何とも言えず神秘的です。
他に紫壇木画双六局、いわゆる双六盤のことですが、とてもこの上で博打をやるなどとは思えない綺麗で上品な模様の盤です。また、日を避ける為の天蓋(いわゆる日傘やテントのようなものです)はその模様や色の配色は当時の貴族のあでやかな生活の一部を垣間見る気がします。
これで3回目ですが「何故に今日まで残ったのか?」も大切なことですが、「天皇をはじめとする貴族社会の儀式や生活であったり、人々の家族構成や日常の生活の足跡であったり、…ここに出ている一つ一つの展示物が当時のこの国や大陸からの情報を発信し、今日まで何かを伝えようとしている」上手くは言葉で表現は出来ませんが気がします。

国立博物館をでて少し気分転換に歩いてみることにします。

お腹が空いたことに気付き東大寺の参道に行けばこれまた凄い人です。( ゚Д゚)・∵. グハッ!!

仕方なく来た道を戻る途中、路地の間から東大寺の屋根を見ることが出来ました。柿食えば〜東大寺ですね。

興福寺の五重塔が見えました。そう言えば素通りの多い興福寺ですが、今回は特別公開も見たく少し立ち寄っていることにします。

『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば興福寺(こうふくじ)は、奈良県奈良市登大路町(のぼりおおじちょう)にある、南都六宗の一つ、法相宗の大本山の寺院である。南都七大寺の一つに数えられる。藤原氏の祖・藤原鎌足とその子息・藤原不比等ゆかりの寺院で、藤原氏の氏寺であり、古代から中世にかけて強大な勢力を誇った。鎌倉・室町時代には大和の守護つとめた。南円堂は西国三十三箇所第9番札所である。「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。とのことです。

まず五重塔に行きますがここでも列が出来ていました。ここには釈迦三尊像が配されています。

南円堂には不空羂索観音(国宝)は運慶の父である康慶一門の作で鎌倉時代のものとされています。ここにはこの他に法相六祖、四天王立像などが配されています。
中でも四天王立像の強さ気高さには言葉を失うほどです。この四天王を調べると「国宝 四天王立像 (鎌倉時代 寄木造/像高197-207cm)東方・持国天、南方・増長天、西方・広目天、北方・多門天の四方を守る仏法の守護神です。力感に満ちた造形に鎌倉復興期の特徴が表れています。
近年の研究により、当初から南円堂にあったのではなく、後年ほかの堂宇から移された尊像であることが判かりました。康慶一門の手による南円堂当初の像は、現在金堂に安置されている四天王であるといわれています。もっと予習して来ればよかったと反省しきりです。

南円堂を出て売店に入ったら「柿の葉寿司」がありました。ここで遅い昼御飯になります。

満腹のおなかで今度は東金堂に入ってみます。
ここは日常拝観できるそうで、中に入ってみると四天王立像、十二神将立像、継摩居士坐像、文殊菩薩坐像です。御本尊は日光・月光菩薩を従えた薬師如来になります。南円堂の力強さや気高さとは少し違い何か穏やかな…そう、やぁ!よく来たね!と迎えて頂けそうな空気があるのもこの日光・月光菩薩を従えた薬師如来の存在でしょうか?


さて、そうもゆっくりしてはいられません!興福寺の代表阿修羅を次回の楽しみにして再び橿原市のU君夫妻宅へと近鉄奈良駅へと向かいます。

15:13 急行京都行は3722、綺麗なラッピング車です。

特急が奈良駅に到着しそろそろ奈良を後にする時間です。

平城宮址にある朱雀門です。奈良はこの朱雀門に迎えられ朱雀門に見送ってもらいます。それがこの奈良が好きな所以なのかもしれません。

15:25 急行橿原神宮前行 5304で大和八木へ向かいます。

この5300系はロ−レル賞受賞車だったんですね!


西の京は薬師寺の最寄りの駅です。五重塔がホ−ムの向こうに見えました。

15:47 大和八木に到着です。
U君夫妻宅にお邪魔し(新婚さんなのにスンマセン…)お手製の和菓子を頂き暫しの楽しいひと時でした。こんな環境の良い処に僕も住みたいなぁ〜


八木駅を経つ頃には秋の陽がとっぷりと暮れていました。

17:10 大和八木発 特急名古屋行は大阪難波発です。8両編成で6号車の12047はこれまた朝と同じ12200系です。
この編成は←難波 12247-12147-12047-12347 名古屋→


18:51 名古屋到着 正倉院展はまた来年も行きますよ!それと興福寺をはじめ奈良の寺に関してもう少し知ることも大事なんだと痛感した一日でもありました。
- 2008/11/16(日) 09:48:40|
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